脳性麻痺など運動機能の問題と発音の関係
「脳性麻痺があると、発音にも影響するのでしょうか?」
「舌や唇を動かしにくいと、ことばはどのように聞こえるのでしょうか?」
ことばを話すためには、舌や唇を動かすだけではなく、息を吐き、声を出し、口や鼻への響きを調整しながら、舌・唇・あごを素早く動かす必要があります。
これらの動きは、脳からの指令によって細かくコントロールされています。
脳性麻痺などによって発話に必要な運動をうまく調整できない場合、発音が不明瞭になったり、声が出しにくくなったり、ゆっくりとした話し方になったりすることがあります。
このような発話の障害を運動障害性構音障害(ディサースリア)と呼びます。
ただし、運動機能に問題がある子どもすべてに同じ発音の特徴が現れるわけではありません。
この記事では、脳性麻痺などの運動機能の問題が子どもの発音や話し方にどのような影響を与えるのか、言語聴覚士がわかりやすく解説します。
話すためには全身の協調した運動が必要
私たちは普段、特に意識することなく話しています。
しかし、実際には非常に複雑な運動を行っています。
例えば、
- 息を吐く
- 声帯を振動させて声を出す
- 軟口蓋を動かして鼻への響きを調整する
- 舌を動かす
- 唇を開閉する
- あごを動かす
といった複数の運動を、短時間で協調させています。
どこか一つの働きだけではなく、これらが連携することで聞き取りやすいことばになります。
運動障害性構音障害とは?
運動障害性構音障害とは、脳や神経などの問題によって、話すために必要な筋肉の運動をうまくコントロールできなくなった状態です。
英語では「dysarthria(ディサースリア)」と呼ばれます。
子どもでは、脳性麻痺などに伴ってみられることがあります。
単に「特定の音が言えない」というだけでなく、声、発音、話す速さなど発話全体に影響することがあります。
機能性構音障害との違い
子どもの構音障害で比較的よくみられるのが機能性構音障害です。
機能性構音障害では、発音に関係する器官に明らかな運動障害がないにもかかわらず、特定の音を正しくつくれません。
例えば「さ」が「た」になるなど、特定の音に規則的な誤りがみられることがあります。
一方、運動障害性構音障害では、発話に必要な筋肉の動きそのものに問題があります。
そのため、発音だけではなく、声や呼吸、話す速さなどにも影響することがあります。
脳性麻痺とは?
脳性麻痺とは、胎児期から乳幼児期までの発達途中の脳に生じた損傷などによって、姿勢や運動に障害がみられる状態です。
手足だけではなく、発話に使う筋肉の運動にも影響する場合があります。
そのため、
- 舌
- 唇
- あご
- 軟口蓋
- 呼吸に関係する筋肉
- 発声に関係する筋肉
などの動きを調整しにくくなることがあります。
脳性麻痺があると必ず発音が悪くなる?
いいえ。
脳性麻痺の症状や程度には大きな個人差があります。
身体の運動に特徴があっても、会話は比較的明瞭な子どももいます。
一方で、発話に関係する運動への影響が強く、ことばが非常に聞き取りにくい子どももいます。
「脳性麻痺だからこのような話し方になる」と一律に考えることはできません。
舌の動きへの影響
舌は、発音するときに非常に細かな動きをしています。
例えば「た」では舌先付近、「か」では舌の奥など、音によって使う場所が変わります。
運動機能に問題がある場合には、
- 舌を目的の位置へ動かしにくい
- 動きが遅い
- 動かせる範囲が狭い
- 動きのタイミングを調整しにくい
などがみられることがあります。
その結果、複数の子音が不明瞭になることがあります。
唇の動きへの影響
「ぱ」「ば」「ま」などでは、上下の唇を閉じる必要があります。
唇を十分に閉じられなかったり、素早く開閉できなかったりすると、これらの音が不明瞭になることがあります。
また、母音でも唇を丸めたり横へ広げたりするため、唇の運動が話し声全体に影響することがあります。
あごの動きも重要
発音というと舌や唇に注目しがちですが、あごも重要です。
あごは口の開き具合を調整するとともに、舌や唇が細かく動くための土台になります。
あごを安定させにくかったり、必要以上に大きく動いてしまったりすると、舌や唇の細かな動きにも影響することがあります。
そのため、言語聴覚士は舌だけでなく、あごを含めた口腔全体の運動を確認します。
呼吸への影響
話すためには、息を適切に吐き続ける必要があります。
運動障害によって呼吸のコントロールが難しい場合には、
- 一息で話せることばが短い
- 途中で息が続かなくなる
- 声が小さくなる
- 話す途中で頻繁に息継ぎをする
などがみられることがあります。
姿勢の安定性が呼吸や発話に影響することもあります。
声にも影響することがある
運動障害性構音障害では、発音だけでなく声にも特徴がみられることがあります。
例えば、
- 声が小さい
- 声がかすれる
- 力の入った声になる
- 声の高さが安定しない
- 声量を調整しにくい
などです。
そのため、単に「舌を正しく動かす訓練」だけでは十分でない場合があります。
鼻にかかった声になることもある
話すときには、軟口蓋を動かして鼻への空気や音の流れを調整します。
軟口蓋などの運動を十分にコントロールできない場合、本来は口から出る音が鼻へ過剰に響き、鼻にかかったような声になることがあります。
発話全体を評価するときには、舌や唇だけでなく、このような「共鳴」も確認します。
話す速さやリズムへの影響
運動障害性構音障害では、話す速さやリズムにも影響することがあります。
例えば、
- 全体的にゆっくり話す
- 音と音の間隔が不自然になる
- 一音ずつ区切ったように聞こえる
- 話す速さが安定しない
などです。
一つ一つの音だけではなく、ことば全体の流れが聞き取りやすさに関係します。
長いことばほど不明瞭になることもある
一つの音や短い単語なら比較的はっきり言えても、長いことばや文章になると聞き取りにくくなる場合があります。
長く話すほど、
- 呼吸
- 発声
- 舌
- 唇
- あご
などを連続して協調させる必要があるからです。
そのため、構音評価では一音だけでなく、単語、文章、会話まで確認します。
日によって発音が違うことはある?
子どもの状態によっては、疲労や姿勢、緊張などによって話しやすさが変化することがあります。
例えば、疲れてくると声が小さくなったり、発音がさらに不明瞭になったりすることがあります。
訓練室で短時間話したときの状態だけではなく、学校や家庭など日常生活での話し方について確認することも重要です。
姿勢と発音は関係する?
発話には姿勢も関係します。
身体が安定していることで、呼吸や頭部、あご、舌などをコントロールしやすくなります。
座っている姿勢を保つことが難しい場合には、話すことに必要以上の力を使ってしまうことがあります。
そのため、必要に応じて理学療法士(PT)や作業療法士(OT)などと連携し、話しやすい姿勢を検討することがあります。
食べる機能にも問題がみられることがある
話すときに使う舌、唇、あごなどは、食べるときにも使用します。
そのため、運動機能への影響がある場合には、
- 食べ物を口からこぼしやすい
- かみにくい
- 舌で食べ物を動かしにくい
- 飲み込みにくい
などがみられることもあります。
ただし、発話の問題と食べる問題の程度が必ず一致するわけではありません。
発音が不明瞭でも言葉を理解していることはある
これはとても大切な点です。
発音が非常に不明瞭で、ことばをうまく話せない子どもでも、相手の話を十分に理解していることがあります。
「話せないこと」と「理解できないこと」は同じではありません。
発話が難しいからといって、子どもの理解力まで低いと決めつけないことが重要です。
知的発達とも分けて考える
脳性麻痺のある子どもの発達にも大きな個人差があります。
運動障害が強いために話したり指差したりすることが難しくても、理解力が高い子どももいます。
運動による表出の難しさがある場合には、話すことだけで能力を評価しないようにする必要があります。
視線、表情、文字、スイッチなど、その子が使いやすい方法で意思を確認することが大切です。
発音訓練では何をする?
運動障害性構音障害への支援は、子どもの状態によって異なります。
例えば、
- 話しやすい姿勢を整える
- 呼吸と発声を調整する
- 声を出しやすくする
- 舌や唇の動きを調整する
- 一つ一つの音を明瞭にする
- 話す速さを調整する
- 短く区切って話す
などを行うことがあります。
すべての子どもに同じ訓練を行うわけではありません。
「舌を鍛えれば治る」とは限らない
発音が不明瞭だと、「舌の筋力が弱いから鍛えればよい」と考えることがあります。
しかし、運動障害性構音障害では、単純な筋力低下だけが問題とは限りません。
筋肉の緊張が高い、動きのタイミングを調整しにくい、複数の運動を協調させにくいなど、さまざまな問題があります。
そのため、舌を強くする運動だけを行えば発音が改善するとは限りません。
何度も発音させればよいわけではない
「ぱ、ぱ、ぱ」「た、た、た」と何度も繰り返せば、必ず発音が改善するわけでもありません。
子どもによっては、繰り返すことで疲労し、かえって発音が不明瞭になることもあります。
どの機能が発話の妨げになっているのかを評価し、それに合わせて練習方法を選ぶことが重要です。
発音を完全に治すことだけが目標ではない
運動障害の程度によっては、構音訓練を行ってもすべての音を明瞭に発音することが難しい場合があります。
その場合には、「正常な発音」を目指すことだけではなく、相手に伝わりやすくすることを目標にします。
例えば、
- ゆっくり話す
- 短いことばで伝える
- 大切なことばを強調する
- ジェスチャーを使う
- 文字や絵を使う
などの工夫も重要になります。
AACを利用することもある
発話だけで十分に意思を伝えることが難しい場合には、**AAC(拡大・代替コミュニケーション)**を利用することがあります。
例えば、
- 写真
- 絵カード
- コミュニケーションボード
- 文字盤
- タブレット
- 音声出力装置
- 視線入力装置
などです。
AACは「話すことを諦めるためのもの」ではありません。
発話の練習を続けながら、日常生活ではAACを使って確実に伝えるという方法もあります。
本人に合ったコミュニケーション方法を考える
子どもにとって大切なのは、発音が完全に正常になることだけではありません。
「お腹が痛い」
「これがやりたい」
「嫌だ」
「楽しかった」
など、自分の気持ちや考えを相手へ伝えられることが重要です。
そのため、発話、表情、ジェスチャー、文字、AACなどを組み合わせ、その子にとって最も伝わりやすい方法を考えます。
周囲の関わり方も重要
発音が不明瞭な子どもと話すときには、聞き取れなかったことを分かったふりをしないことも大切です。
一方で、何度も最初から言い直させると、子どもの負担になることがあります。
聞き取れた部分を確認したり、「○○のこと?」と選択肢を示したり、文字や絵を利用したりしながら内容を確認するとよいでしょう。
言語聴覚士は何を確認する?
言語聴覚士(ST)は、特定の音だけではなく発話全体を評価します。
例えば、
- 呼吸
- 声の大きさや質
- 鼻への響き
- 舌の動き
- 唇の動き
- あごの動き
- 発音の明瞭さ
- 話す速さやリズム
- 会話の伝わりやすさ
などを確認します。
必要に応じて、食べる機能やコミュニケーション手段についても評価します。
多職種で支援することが大切
脳性麻痺などのある子どもの支援では、言語聴覚士だけでなく、
- 医師
- 理学療法士(PT)
- 作業療法士(OT)
- 言語聴覚士(ST)
- 学校や療育施設のスタッフ
などが連携することがあります。
姿勢や身体の動き、食事、コミュニケーションなどを総合的に考えながら支援していきます。
こんな場合は相談してみよう
次のような場合には、言語聴覚士などへ相談してみるとよいでしょう。
- 発音全体が不明瞭
- 舌や唇を動かしにくそう
- 声が小さく聞き取りにくい
- 一息で長く話せない
- 話す速さやリズムが独特
- 長いことばになると特に不明瞭になる
- 食べる機能にも気になることがある
- 本人が「伝わらない」ことで困っている
発音だけではなく、呼吸、発声、運動、コミュニケーション全体を評価することが大切です。
まとめ
脳性麻痺などによって発話に必要な運動機能に問題がある場合には、運動障害性構音障害(ディサースリア)がみられることがあります。
運動障害性構音障害では、舌や唇の動きだけでなく、呼吸、発声、共鳴、あごの動き、話す速さやリズムなど、発話のさまざまな側面に影響することがあります。
そのため、「発音が悪いから舌を鍛える」といった単純な考え方ではなく、何が話しにくさの原因になっているのかを詳しく評価することが重要です。
また、発音が不明瞭だからといって、ことばの理解まで難しいとは限りません。発話する能力と理解する能力を分けて考える必要があります。
構音訓練だけで十分に意思を伝えることが難しい場合には、文字、絵カード、タブレット、視線入力などのAACを組み合わせることもあります。
大切なのは、発音を完璧にすることだけではなく、子どもが自分の考えや気持ちをできるだけ確実に相手へ伝えられるようにすることです。
子どもの運動機能や発話の状態に合わせて、言語聴覚士をはじめとする専門職と一緒に、その子に合ったコミュニケーション方法を考えていきましょう。

