鼻咽腔閉鎖機能不全とは?発音への影響を解説
「子どもの声がいつも鼻にかかって聞こえます。」
「『ぱ・た・か』などの発音が弱いのは、鼻から息が漏れているからでしょうか?」
ことばを話すとき、私たちは口だけを使っているわけではありません。口の奥にある軟口蓋などを動かし、鼻へ空気を流すのか、口へ流すのかを瞬間的に調整しています。
この働きを鼻咽腔閉鎖機能といいます。
鼻咽腔を十分に閉じることができないと、本来は口から出るはずの息や音が鼻へ漏れ、声が鼻にかかったり、子音が弱くなったりすることがあります。この状態を鼻咽腔閉鎖機能不全といいます。
この記事では、鼻咽腔閉鎖機能不全とはどのような状態なのか、発音への影響や評価、治療・構音訓練について、言語聴覚士がわかりやすく解説します。
鼻咽腔とは?
鼻咽腔とは、鼻の奥からのどの上部にかけての空間です。
口の奥には軟口蓋があり、その先には口蓋垂があります。
話すときには、この軟口蓋や咽頭の壁などが動き、口と鼻の間の通り道を開いたり閉じたりしています。
鼻咽腔閉鎖機能とは?
鼻咽腔閉鎖機能とは、発音するときに鼻へ抜ける空気や音を調整する働きです。
例えば「ま」「な」「ん」などの鼻音をつくるときには、鼻への通り道を開けて空気を鼻へ流します。
一方、
- ぱ
- た
- か
- さ
など多くの音では、軟口蓋を持ち上げるなどして鼻への通り道を閉じ、空気を口から出します。
私たちは会話中、この開閉を音に合わせて素早く切り替えています。
鼻咽腔閉鎖機能不全とは?
鼻咽腔閉鎖機能不全とは、発音するときに必要な程度まで鼻咽腔を閉鎖できない状態です。
そのため、本来は口へ流れるはずの息や音が鼻へ漏れてしまいます。
影響の程度は一人ひとり異なり、軽度では一部の音だけが聞き取りにくい場合もあれば、強い場合には話し声全体に影響することもあります。
どのような原因で起こる?
鼻咽腔閉鎖機能不全には、いくつかの原因があります。
代表的なものとして、
- 口蓋裂
- 粘膜下口蓋裂
- 軟口蓋の長さや形態の問題
- 軟口蓋などの運動の問題
- 手術後の状態
などがあります。
原因によって必要な対応が異なるため、まず詳しい評価を行うことが重要です。
口蓋裂との関係
鼻咽腔閉鎖機能不全との関係がよく知られているのが口蓋裂です。
口蓋裂では、口と鼻を隔てている口蓋に生まれつき裂があります。手術によって口蓋を形成しても、軟口蓋の長さや動きなどによって、話すときに鼻咽腔を十分閉鎖できない場合があります。
そのため、口蓋裂の治療では、手術後も発音や鼻咽腔閉鎖機能を継続して確認することが重要です。
粘膜下口蓋裂とは?
粘膜下口蓋裂では、口の中の表面を見ると大きな裂がないように見えても、その下にある筋肉などに問題があることがあります。
そのため、口蓋裂と気付かれず、「鼻にかかった声が続く」「発音がはっきりしない」といった症状から詳しい検査につながる場合があります。
声や発音の特徴によっては、口腔内の形態について専門医による確認が必要です。
発音には「口の中の圧力」が必要
鼻咽腔閉鎖機能が発音に重要な理由の一つが、口腔内圧です。
例えば「ぱ」を発音するときには、唇を閉じ、肺から出てきた空気を口の中にためます。その後、唇を開くことで「ぱ」という破裂音をつくります。
「た」や「か」も同じように、口の中で一度空気をせき止めてから開放します。
鼻咽腔が閉じていなければ、ためた空気が鼻へ逃げてしまいます。
「ぱ・た・か」などが弱くなる
鼻へ息が漏れると、口腔内に十分な圧力をつくれません。
そのため、
- ぱ行
- た行
- か行
などの破裂音が弱く聞こえることがあります。
「ぱ」と言っているつもりでも、破裂する感じが弱く、ぼやけた音に聞こえる場合があります。
「さ行」も影響を受ける
「さ行」などの摩擦音でも、口から適切な量の息を出す必要があります。
舌と口蓋付近に細い隙間をつくり、そこへ空気を通して摩擦を起こすことで「さ」などの音をつくります。
鼻へ多くの息が漏れてしまうと、口から出る空気が不足し、摩擦音が弱くなったり不明瞭になったりします。
開鼻声とは?
鼻咽腔閉鎖機能不全で代表的にみられる特徴が**開鼻声(かいびせい)**です。
開鼻声とは、本来はあまり鼻に響かない母音などが、過剰に鼻へ響いて聞こえる状態です。
一般には「鼻にかかった声」と表現されることがあります。
開鼻声が強い場合には、特定の子音だけではなく、話し声全体の聞き取りやすさに影響することがあります。
鼻声ならすべて開鼻声?
「鼻声」といっても、すべて同じ状態ではありません。
例えば風邪で鼻が詰まっているときには、鼻へ音が響きにくくなります。これは鼻咽腔閉鎖機能不全による開鼻声とは反対の状態です。
鼻咽腔閉鎖機能不全では、鼻へ響く必要のない音まで過剰に鼻へ響くことが特徴です。
「鼻声だから鼻咽腔閉鎖機能不全」と自己判断することはできません。
鼻漏出とは?
鼻咽腔閉鎖が十分でないと、発音時に鼻から空気が漏れることがあります。
これを鼻漏出(びろうしゅつ)といいます。
例えば「ぱ」「た」「か」「さ」などを発音したときに、口だけでなく鼻からも息が出てしまいます。
鼻漏出が大きいほど、口腔内圧を必要とする子音がつくりにくくなります。
開鼻声と鼻漏出は同じ?
開鼻声と鼻漏出は関連していますが、同じものではありません。
開鼻声は、主に音の響き(共鳴)の問題です。
一方、鼻漏出は、発音するときに空気が鼻へ漏れることを指します。
鼻咽腔閉鎖機能不全では両方がみられることがありますが、程度や現れ方は一人ひとり異なります。
代償性構音が起こることもある
口の中で十分な圧力をつくれない状態が続くと、子どもが本来とは違う場所で音をつくる方法を身につけることがあります。
これを代償性構音といいます。
代表的なものには、
- 声門破裂音
- 咽頭摩擦音
- 咽頭破裂音
などがあります。
子どもがわざと変な発音をしているのではなく、音を何とかつくろうとして身につけた方法です。
声門破裂音との関係
声門破裂音では、本来は唇や舌を使って口の中でつくる音を、のどの奥にある声門でつくります。
鼻咽腔閉鎖機能不全によって口の中に圧力をつくりにくい場合、より奥にある声門を使って音をつくるようになることがあります。
このような代償性構音は、鼻咽腔閉鎖機能が改善した後も発音の癖として残ることがあります。
鼻咽腔閉鎖機能が改善すれば発音も治る?
必ずしも自動的にすべての発音が改善するとは限りません。
鼻咽腔閉鎖機能が改善すると、口の中に十分な圧力をつくれるようになります。
その結果、正しい発音をつくるための身体的条件は整います。
しかし、それまで声門破裂音などの代償性構音を長く使っていた場合には、その発音方法が習慣として残ることがあります。
構音訓練だけで鼻咽腔閉鎖機能は治る?
ここは特に重要です。
形態や機能そのものが原因となっている鼻咽腔閉鎖機能不全は、一般的な構音訓練だけで改善できるとは限りません。
例えば、軟口蓋が鼻咽腔を閉じるために十分な長さに達していない場合、舌の発音練習だけで物理的な隙間をなくすことはできません。
そのため、まず鼻咽腔閉鎖機能の状態を正しく評価する必要があります。
「息を強く吹く練習」をすればよい?
鼻から息が漏れると、「吹く力を鍛えれば閉じられるのでは?」と考えることがあります。
しかし、吹く動作と実際の発話時の鼻咽腔閉鎖は同じではありません。
風船を膨らませる、ストローで吹くなどの練習をたくさん行えば、鼻咽腔閉鎖機能不全による開鼻声が改善するとは限りません。
原因に合った医学的・言語聴覚学的な対応を行うことが重要です。
どのように評価する?
鼻咽腔閉鎖機能の評価では、まず実際の話し声や発音を確認します。
例えば、
- 開鼻声の程度
- 鼻漏出の有無
- 子音の弱さ
- 代償性構音の有無
などを評価します。
さらに必要に応じて、医療機関で鼻咽腔を直接確認する検査などを行うことがあります。
鼻咽腔内視鏡検査
鼻咽腔閉鎖機能を詳しく調べる方法の一つに、鼻咽腔内視鏡検査があります。
細い内視鏡を鼻から入れ、実際に発音しているときの軟口蓋や咽頭壁の動きを観察します。
どの程度閉じているのか、どこに隙間が残っているのかなどを確認することができます。
実施する検査は子どもの年齢や状態によって異なります。
画像による評価を行うこともある
鼻咽腔の動きや構造を確認するために、医療機関によっては画像を用いた評価が行われることもあります。
発音を聞くだけでなく、実際にどのような構造や動きになっているのかを確認することで、治療方法を検討します。
どのような治療をする?
治療方法は、鼻咽腔閉鎖機能不全の原因や程度によって異なります。
場合によっては、
- 外科的治療
- 補綴的な装置
- 構音訓練
などを組み合わせることがあります。
すべての子どもに同じ治療を行うわけではありません。
詳しい評価をもとに、その子に合った方法を検討します。
手術が必要になる場合もある
構造的な問題によって鼻咽腔を十分に閉鎖できない場合には、外科的な治療が検討されることがあります。
目的は、発音時に口腔と鼻腔を適切に分離し、口の中に必要な圧力をつくれるようにすることです。
どのような手術が適しているかは、鼻咽腔の状態や閉鎖パターンなどによって異なります。
構音訓練はいつ行う?
鼻咽腔閉鎖機能不全に加えて代償性構音がある場合には、必要な医学的対応を行ったうえで構音訓練を進めることがあります。
構音訓練では、
- 正しい音と誤った音を聞き分ける
- 正しい構音位置を覚える
- 口から適切に息を出す
- 一音で正しく発音する
- 単語へ広げる
- 文や会話へ広げる
などを段階的に行います。
「構造の問題」と「発音の癖」を分ける
鼻咽腔閉鎖機能不全の支援で特に重要なのが、構造・機能の問題と、身についた構音の問題を分けて考えることです。
例えば、開鼻声や鼻漏出の原因が構造的な鼻咽腔閉鎖機能不全であれば、構音訓練だけでは十分に改善しないことがあります。
一方、医学的治療によって鼻咽腔閉鎖が可能になった後も声門破裂音が残っていれば、今度は構音訓練が必要になります。
原因に合わせて対応の順番を考えることが大切です。
家庭で何度も発音させない
「ぱ・た・か」が弱いからといって、家庭で何十回も繰り返し言わせる必要はありません。
鼻咽腔閉鎖機能が十分でない場合には、正しい音をつくる条件そのものが整っていない可能性があります。
また、代償性構音を使っている場合には、誤った発音を繰り返すことにもなります。
家庭練習は、専門家から具体的な方法を教えてもらってから行いましょう。
言語聴覚士は何をする?
言語聴覚士(ST)は、話し声や発音を詳しく確認します。
例えば、
- 開鼻声の有無
- 鼻漏出
- 子音の強さ
- 代償性構音
- 会話の聞き取りやすさ
などを評価します。
必要に応じて形成外科医や耳鼻咽喉科医などと連携し、詳しい鼻咽腔閉鎖機能の評価につなげます。
治療後に構音の誤りが残っている場合には、構音訓練も行います。
こんな場合は専門家へ相談しよう
次のような特徴がある場合には、専門的な評価を検討するとよいでしょう。
- 声がいつも強く鼻にかかっている
- 「ぱ・た・か」などが弱い
- 発音すると鼻から息が漏れる
- のどで音をつくるような発音がある
- 口蓋裂・粘膜下口蓋裂がある
- 口蓋裂の手術後も発音が不明瞭
- 家族以外には話が伝わりにくい
口蓋裂を診療している専門医療機関、形成外科、耳鼻咽喉科、言語聴覚士などが相談先になります。
まとめ
鼻咽腔閉鎖機能とは、話すときに軟口蓋や咽頭壁などを使って、鼻へ流れる空気や音を調整する働きです。
この働きが十分でない鼻咽腔閉鎖機能不全では、本来は口から出る息や音が鼻へ漏れるため、開鼻声や鼻漏出、「ぱ・た・か・さ」などの子音の弱さがみられることがあります。
また、口の中で音をつくりにくいため、声門破裂音などの代償性構音を身につけることもあります。
重要なのは、構造・機能による鼻咽腔閉鎖の問題と、子どもが身につけた発音方法の問題を分けて考えることです。
構造的な問題には医学的な対応が必要になることがあり、鼻咽腔閉鎖機能が整った後に代償性構音が残っている場合には、言語聴覚士による構音訓練を行います。
声が強く鼻にかかる、鼻から息が漏れる、口蓋裂の手術後も発音が気になるといった場合には、自己流で発音練習を続けるのではなく、専門医療機関で詳しく評価してもらいましょう。

