運動性失語(ブローカ失語)は、話すこと(言語表出)に大きな困難を抱える失語症の一種です。聞いている言葉を理解する力は比較的保たれているのに、自分が言いたいことを言葉として組み立て、発することが難しくなります。
1. 症状:言葉を絞り出すような話し方
ブローカ失語の主な特徴は、「非流暢(ひりゅうちょう)な発話」です。
- 発話の困難さ:
- 言葉がたどたどしく、努力性で、一つ一つの単語を絞り出すように話します。
- 発話量が非常に少なく、会話が途切れがちになります。
- 「電報文(でんぽうぶん)」のような話し方:
- 助詞(「が」「を」など)や助動詞(「です」「ます」など)といった文法的に重要な言葉(機能語)が抜け落ち、名詞や動詞などの内容語だけが残る傾向があります。「私、学校、行く」のように、電報のメッセージのような短い文になります。
- 発音の間違い:
- 音の歪みや置き換え(構音障害)を伴うことが多く、正確な発音が難しいです。
- 理解力:
- 話しかけられた内容の理解力は比較的保たれています(特に簡単な日常会話や指示)。しかし、複雑で情報量の多い文章の理解は苦手になることがあります。
- 書字・復唱の困難:
- 話すことと同様に、文字を書く能力や、言われた言葉をそのまま繰り返す復唱も困難になります。
最大の苦悩は、「言いたいことが頭ではわかっているのに、言葉にできない」というもどかしさです。**このため、ご本人が病識(自分の状態を理解していること)を持ちやすく、ストレスを感じやすい傾向にあります。
2. 原因:脳の「ブローカ野」の損傷
ブローカ失語は、主に左大脳半球の前頭葉にある「ブローカ野」とその周辺領域が損傷を受けることで発生します。
ブローカ野は、言葉を組み立て、発声に必要な口や舌の動きを制御するなど、言語の生成・表出において中心的な役割を担っています。
損傷の原因としては、脳梗塞や脳出血などの脳卒中、脳腫瘍、頭部外傷などが挙げられます。

3. 実際の事例
診察室で、「犬が吠えている」絵を見せられたブローカ失語の患者さんの発話例:
| 医師の質問 | 「これは何の絵ですか?」 |
| 患者さんの返答例 | 「い、い、い、えーっと、いぬ、(発語に苦労しながら)が、ほ、ほ…うるさい」 |
【解説】
たどたどしく、言葉を選ぶのに時間を要し、発音も正確ではありません。しかし、「犬が吠えている」という意味内容は理解し、伝えようとしています。助詞などの文法的な言葉が抜け落ちる様子も見られます。
この事例から、ブローカ失語では「意味はわかるが、それを滑らかで正確な言葉として組み立てて出す」というプロセスが難しくなっていることがよくわかります。
ブローカ失語のリハビリテーションでは、言語聴覚士(ST)が中心となり、発語の練習や、ジェスチャー、絵カード、文字盤など、言葉以外で意思を伝えるための代替手段の獲得を目指します。

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